
高座の最中に、血染めのナイフがあらわれる、後輩は殺人の疑いをかけられる、妻の知り合いは詐欺容疑……。次から次へと起こる騒動に、二つ目、寿笑亭福の助が巻き込まれながらも大活躍! 落語を演じて謎を解く、一挙両得の本格落語ミステリー!
【ミステリー・リーグ】の一冊。
書き下ろし連作短篇集。全3篇収録。
「
道具屋殺人事件」
兄弟子からの嫌がらせで「黄金餅」という一門にとって特別な噺を演じることになってしまった福の助。そんななか、高座で「道具屋」という噺を演じていた別の噺家の扇子から血糊のついたナイフが見つかって――。
「
らくだのサゲ」
兄弟子が仕掛けた罠によって、「らくだ」という噺に新しいサゲをつけなければならなくなった福の助。そんななか、福の助の妻・亮子は探偵事務所の調査員に声をかけられる。何でも、福の助の後輩・桃屋福神漬の元恋人が失踪したらしいのだが――。
「
勘定版の亀吉」
客受けの良い下ネタ噺ばかりを演じる福の助の弟弟子・亀吉。そんな彼に亮子は注意を促すが聞き入れてもらえない。そんななか、亮子は自らの職場である高校の教師・倉本から神田紅梅亭のネタ帳のコピーがほしいと頼まれる。どうやら倉本は詐欺の容疑者にされているらしく、その容疑を晴らすためにもネタ帳が必要なのだというのだが――。
落語家の師弟を探偵役に、弟子の妻をワトスン役に据えた本格ミステリ。
落語がメインの題材ということで、落語および落語の蘊蓄が色々と出てくるが、ワトスン役の亮子がその都度解説してくれるので、落語に明るくない読者でも内容は充分に理解できる。
物語の基本的な流れとしては――。
ワケありの噺を演じなければならなくなっただの古典落語の新しいオチを考えるだのといった"落語界ならではの悩み"が出来、その悩みを抱えた状態で殺人だの詐欺だのといった"一般的な事件"が発生、それらを病のため身体が不自由な師匠に相談、師匠はたちどころに真相を見破りヒントを提出、その意を弟子が理解しいざ解決篇へ――といった按配。
師匠のヒントをもとに弟子が謎を解く、という設定は田中啓文の〈笑酔亭梅寿謎解噺〉シリーズと被るが、本書の場合、探偵役・福の助が高座で演じる古典落語が事件の謎解きにもなっているという趣向がユニークで、その出来も見事。
ただ――。
一般的な事件の謎(要するにミステリ部分)がかなり易しめなので、師匠のヒントが出てくる前に真相がわかってしまうのは残念。もっとも、あとがきには「
本作はミステリーの愛好家よりも、むしろ落語のコアな愛好家に読んでいただきたいと思いながら、執筆しました」とあるので、この難易度の低さは著者の計算の内なのかもしれないけれど。
というわけで。
自力で謎を解こうとせず、流れに任せて読んだ方が愉しめる、そんな一冊かと。
2007年8月 原書房