
雪に埋もれた山荘で、今しも奇妙な降霊会が行われようとしていた。十四年前に雪山で行方不明になった伐採業者デザナの霊を呼び出して遺志を聞き、伐採事業を巡る争いに決着をつけようというのだ。集まった関係者が半信半疑の面持ちでテーブルにつくと、突如デザナの亡霊が出現。未亡人のアイリーンを口汚く罵ると、何処ともなく消え去った。さらにその晩、アイリーンが密室状態の部屋で頭を斧で割られて死んでいるのが発見され、事件は混迷の様相を……不可能犯罪の連続技と全篇に横溢する怪奇趣味。本格ファン、狂喜乱舞の幻の名作が遂に登場。
第2長篇。
原題は『Rim of the Pit』(1944)。
雪の山荘、降霊会、密室殺人、不可解な足跡、といった本格ミステリ・ファンなら狂喜乱舞するようなガジェットがてんこ盛りで長年"幻の傑作"とされてきた本作。なるほど、確かにさほど長くはない分量でありながらこれだけの要素が詰め込まれていれば読んでいて退屈はしないが、正直、幻の傑作といわれるほどの作品ではない、というのが率直な感想。
色々と詰め込むのは結構だが、それぞれの描写が中途半端なまま話がどんどん進んで行ってしまうので、とにかく内容が把握しづらい。巻頭に舞台となる建物とその周辺の見取り図が付されていたおかげで辛うじてイメージすることができたが、これがなければ起こっていることの半分程度も正しく理解できなかったかもしれない。
また、登場人物たちの呼び方もある場面ではファースト・ネーム、別の場面ではファミリー・ネーム、といった具合に一定ではなく、しかもその使い分けが明確でないため非常に混乱する、という外国作品ならではのマイナス点をフルに発揮してくれているということも本作を高く評価できない理由のひとつ。
とはいえ――。
プロットやトリックそのものはまずまずだし、巻末解説で貫井徳郎氏が「寡聞にして聞いたことがない」と指摘している"ある趣向"は掛け値なしに面白い。それだけに、もう少し著者に文章力があれば、と思わずにはいられない。
というわけで。
完成度が高いとは口が裂けてもいえないが、ジョン・ディクスン・カー、あるいはクレイトン・ロースンあたりが好きな人ならばそれなりに愉しめるのではなかろうか――そんな一冊である。
2001年4月 ハヤカワ・ミステリ(小倉多加志=訳)